先日、映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観に行った。
Queen初心者だが、鑑賞後Queenしか聴かなくなるほどにはハマった。
そんななか、早速応援上映をやるとの情報が。
応援上映には行ったことがないし、Queen初心者なのに大丈夫かなと思ったが、こんなにどハマりしてるのだから熱が冷めないうちに行くしかないだろうということで行くことにした。
応援上映は未体験だが、「ロッキー・ホラー・ショー」のDVD特典(応援上映を体験できるモードがある)でどんな感じかはわかっているつもりだった。
それにテレビのニュースでコスプレをしている人たちが集まっているのをみたことがある。
きっとジーンズに白タンクトップを着て口ひげをはやした人がいっぱいいるのだろうなあ。ワクワクしながら映画館へむかった。
映画館に着き周りを見渡す。
うーんフレディは見当たらない。
でも上映は2階だからそこで待ってる人たちのなかにいるのかな。
いなかった。
映画館にフレディはいなかった。
すこしがっかりしたが別に素人のコスプレを見に来たのではない。
大事なのは応援上映そのものである。
声を出して楽しもう。
ところが不甲斐ないことに風邪をひき喉を痛めてしまった。
声を出すのは辞め、残念ではあるが応援上映という空間にいること自体を楽しむことにした。
そうこうしているうちに『ボヘミアン・ラプソディ』が始まる。
客席はほぼ満員である。
否が応でも期待が高まる。
まずはオープニング。
20世紀FOXのロゴとともに20th Century Fox Fanfareが流れる。
このオープニングはQueenのメンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラー本人が演奏している。
Queen初心者の私は「かっこいいな」程度にしか思わないところだが、ファンにとってはこの時点で感涙だろう。
拍手喝采で始まると思いきや、7〜8人程度がパチパチと拍手しているだけであった。
あれ?と拍子抜けした気持ちになったが、よく考えたら自分だけが応援上映初心者だとは限らない。
きっとみな慣れていない人たちで、様子見をしていたのだと思う。
そうして不安を残しながら始まった本編。
ライブ・エイドの舞台に向かう寸前のフレディを映した最初の場面は二回目に観ると鳥肌である。
静かだった。
歓声はおろか拍手もない。
場が動いたのはフレディが自分をボーカルとしてバンドに売り込みにいくところだった。
隣のおじさんが「フゥー!」と叫んだ。
空気を変えたかったのだろう。勇気ある行動だ。
でもそれは悪手だと思った。
案の定おじさんに続くものはいなかった。
おじさんの「フゥー!」だけがスクリーンに響き渡った。
なぜこうなったのか。
映画の展開的に叫ぶようなところではないからだ。
応援上映という観点からみればおじさんは間違っていない。
全然叫んでいいと思う。
しかし、みんなが様子見をし、応援上映を掴みきれていない空気を変えるには適切な場面で叫ぶ必要があったのだ。
つまりは「あぁ、やっぱりここは応援上映だ感」である。
それに、どうせやるならタイトルロゴのときにやるべきだったのだ。
あそこでいきなり空気をつくれば、みな応援上映にきているという実感が生まれハジけたはずだ。
もしくはそこで声を出すなら笑いを誘うような一言なら良かったかもしれない。
もったいない。声を出さない私が言ってもあれだがもったいない。
とにかくおじさんがスベったという構図が生まれたためにさらに声がだしにくくなった。
そんなことを気にしていては応援上映は楽しめないと思うであろうが、今日の客はそんなことを気にする人たちだったのである。
最初のライブ場面である"Keep Yourself Alive"では誰も手拍子すらしなかった。
隣のおじさんもしなかった。萎縮してしまったのか。
という私もびびって手拍子すらできなかった。この曲好きだったのに。
うーんでもよく考えると、応援上映という観点からみた場合この映画、意外と盛り上がりにくいような気もする。
まず、曲の終わるタイミングが難しい。
盛り上がるタイミングで曲、もしくはライブ映像が終わるために観客が取り残されてしまう。
この曲もそんな感じだった。
それにシリアスな場面がけっこう続くために声を出していいのかわからないというところがけっこうある。
応援上映初心者には実はなかなかに難しい映画なのかもしれない。
続く"Killer Queen"、"Fat Bottomed Girls"も微妙な感じで終わった。
歌ってる人はいるようだが、近くにいないと聞こえないくらいの小声で口づさむ程度だった。
隣のおじさんもぼそぼそと歌い、足でリズムをとってはいるが、完全に息を潜めている。
次の曲は"Bohemian Rhapsody"
ここの場面は笑いの場面も多い。
マイアミのくだりでそこそこ笑いが起こった。
隣のおじさんも笑っていた。
空気が少し柔らかくなったかもしれない。
とはいえ未だに応援上映という感じはなく、普通の上映とほぼ変わらない。
その後のワールド・ツアーでもいまいち盛り上がらずに終わった。
"Love Of My Life"ではみんな歌うかなと思っていた。
映画内の観客が合唱する場面だから。でも映画的にはシリアスな場面だから皆歌っていいのか迷っていたのだと思う。
サントラの印象とは一番ギャップがある場面だ。おじさんも小さい声で雰囲気だけ歌ってたから迷ってたのかもしれない。
このあとは"We Will Rock You"が生まれる瞬間とそれをライブで披露する場面へと続いていく。
ここに関してはたとえ私一人だけでも、足を踏み鳴らし、思い切り手を叩く気だった。
おじさんも同じ気持ちだったのだろう。横を見るとおじさんがそわそわしていた。
よし、それなら自分だけ楽しむ方向は辞めて、他の客も恥ずかしがらずに手を叩いて声を出せる空気を一緒につくろう。
どうせならみんなで楽しみたいし、そっちの方が応援上映感がして良い。
「LIVE AID」が始まる前だからまだ遅くはないはずだ。
ここで気づいた。
私たちに必要なことは、Queenと一体化になることではなく、劇中の観客と一体化になることだった。
劇中の観客とこちら側の観客がシンクロし、それからQueenと一体化になるというプロセスが必要だった。
それをすっ飛ばしていきなりQueenの横に行こうとしたから、みんな乗り切れずおじさんも失敗したのだ。
となると、ここでやるべきことはただ一つ。ライブで"We Will Rock You"が始まったタイミングでボディーパーカッションをすることだ。
前述の通り、この場面では曲が生まれる瞬間と、ライブで披露する瞬間の2つの時系がある。
前者で行うボディーパーカッションはQueen目線のパーカッションで、後者は観客目線のパーカッションだ。
つまりそういうことである。
おじさんもわかっているはず。
それに前者でやると微妙な感じになる要因がもうひとつあった。
この応援上映が最高のものになるか消化不良で終わるかは僕とおじさんにかかっている。
やってやろう。まさに"We Will Rock You"だ。
そしてその時が来る。
まずは誕生パートだ。
曲の説明をし、メンバーが足を踏み鳴らし手を叩く。徐々に興奮していく気持ちを抑えつつ、興奮が爆発するその時までじっと待つ。
ここで観客が一体になる瞬間はさぞ気持ちいいだろう。
恥ずかしがり屋のみなさんもQueenを知らない人でもこの曲は盛り上がれる。それほどまでに"We Will Rock You"は日本人のDNAにきざまれている曲なのだ。
だがそれが仇となった。
ドン!ドン!パンッ! ドン!!ドン!!パンッッ!!
おじさんが待てなかった。
ああああ!!違うって!おじさん映画見てないの!?
ここじゃ駄目なんだって!
おじさんの熱意を受けて周りの人も手を叩こうとする。
おじさんの熱が拡がりかけたその時。
Queenがボディパーカッションをやめた。
手を叩こうとした人たちが戸惑う。
あー、ほら言わんこっちゃない。
ここで始めると流れが良くないのだ。
気持ちが乗ってきたときにぴたっと辞めて会話に入る。また始まり再び気持ちが乗ってきたときにまたぴたっと辞める。
これを危惧していた。
普通の応援上映なら別に問題はないのだろうが、ここにいる大半の人は恥ずかしがり屋さんの、いまだ乗り切れてない紳士淑女のみなさまなのだ。
コンサートパートに入る。元々僕はここは周りがどうであれ自分だけでも楽しむつもりだったので、映画と一緒に足を踏み鳴らし手を叩く。
おじさんも足を踏み鳴らし手を叩く。
私とおじさんの他にもちらほらといたが案の定期待した通りにはならなかった。
ここまでくると、何をやろうがこんな感じなんだろうなと少しがっかりした。
そんなとき誤算が起きた。
おじさんが馬鹿でかい声で歌っている。
吹っ切れたのか。
空気なんぞ気にせずに歌う。
そのうちおじさんに感化された人が現れ、手拍子が増える。
フレディが言う。 Singin'
おじさんにつられて近くにいた人が歌い出す。また一人歌い出した。そしてまた一人...
大合唱とまではいかないが明らかに雰囲気が変わった。
おじさんの勢いとQueenへの愛が私のくだらない理屈を凌駕した瞬間だった。
"Another One Bites The Dust"
"I Want To Break Free"
"Under Pressure"
"Who Wants To Live Forever"
徐々に応援上映の雰囲気になっていくのが感じられる。
そしてついに「LIVE AID」が始まる。
孤独を乗り越えそのステージにフレディが立つとき、おじさんが叫んだ。そしてなんと全く同じタイミングで後ろにいたおばさんも叫んだ。
隣のおじさんと後ろのおばさんがひとつになった。
フレディは孤独を乗り越えた。
そしておじさんも孤独を乗り越えた。
LIVE AIDの奇跡だ。
"Bohemian Rhapsody"を歌い始めたとき、ウェンブリー・スタジアムが見えた。
おじさんがいたその場所は映画館ではなくウェンブリー・スタジアムだった。
おばさんもスタジアムにいた。少し離れたところにいたカップルもスタジアムにいた。前の席の人たちも。私も。
"Radio GaGa"では皆が両手を挙げてQueenに応える。
"Ay-Oh"ではコールアンドレスポンスで応える。おじさんも大きな声で応える。口が全くまわっていなかったけど一番声を出していたと思う。
"Hammer To Fall"で手拍子が響き渡り、"We are The Champion"で手を振り唄う。
あぁおじさんの勝利だ。
エンディングで熱唱するその姿はまさに"Don't Stop Me Now"
おじさんは紛れもなくチャンピオンだった。
映画が終わり拍手が鳴り響く。
館内が明るくなったとき、おじさんは私に「お騒がせしてすみませんでした」と謝ってきた。
なぜ謝る必要があるのか。むしろ謝らなければいけないのはおじさんを孤独にさせた私の方だ。
ありがとう、おじさんのおかげで応援上映を体験することができた。
おじさんがいなければ中々に寂しい応援上映になっていただろう。まだまだ北海道に応援上映は浸透していないのが現状か。
もしかしたら他の日程なら違ったのかもしれないが、この日だけ特別寂しかったということはあまりないように思える。
国民性・県民性的に応援上映は合っていないということはないと思う。
もっと多くの人が応援上映に足を運べば、それが普通になり、やがてロッキー・ホラーショーの光景を目にすることができるかもしれない。
現状、北海道で応援上映に行っても最大限の楽しさを味わえるとは言い難い。
しかし古参ぶる人はほとんどいないし、決まったノリ方みたいなものも全く確立されてない。
変な格式高さは全くないのでちょっと行きにくいなと思っている人にはむしろ今がチャンスだ。
応援上映というスタイルは、映画鑑賞における時代の変わり目を象徴しているように思える。
その過渡期を自身の目で見て耳で聴くことは貴重な体験ではないだろうか。
応援上映に行ってみたいと少しでも思っている人は是非一度行ってみてほしい。
そして第2、第3のおじさんになってほしい。
おじさんがスタンダードになるその時を、会場の全員で"We Are The Champion"と誇れるその時を渦中にて待とうとおもう。