【感想】映画『空の青さを知る人よ』高校生のための青春映画ではない。これは現実を知った人たちのための映画だ。

『空の青さを知る人よ』
2019年/日本/108分
監督:長井龍雪
脚本:岡田麿里
総作画監督:田中将賀
音楽:横山克
主題歌:あいみょん
出演者:吉沢亮、吉岡里帆、若山詩音、松平健、落合福嗣、大地葉、種崎敦美

あらすじ

山に囲まれた町に住む、17歳の高校二年生·相生あおい。将来の進路を決める大事な時期なのに、受験勉強もせず、暇さえあれば大好きなベースを弾いて音楽漬けの毎日。そんなあおいが心配でしょうがない姉·あかね。13年前に事故で両親を失った。二人は、当時高校三年生だったあかねは恋人との上京を断念して、地元で就職。それ以来、あおいの親代わりになり、二人きりで暮らしてきたのだ。あおいは自分を育てるために、恋愛もせず色んなことをあきらめて生きてきた姉に、負い目を感じていた。姉の人生から自由を奪ってしまったと…。そんなある日。町で開催される音楽祭のゲストに、大物歌手·新渡戸団吉が決定。 そのバックミュージシャンとして、ある男の名前が発表された。金室慎之介。あかねのかつての恋人であり、あおいに音楽の楽しさを教えてくれた憧れの人。高校卒業後、東京に出て行ったきり音信不通になっていた慎之介が、ついに帰ってくる…。それを知ったあおいの前に、突然“彼”が現れた。“彼”は、しんの。高校生時代の姿のままで、過去から時間を超えてやって来た18歳の金室慎之介。思わぬ再会から、しんのへの憧れが恋へと変わっていくあおい。ー方で、13年ぶりに再会を果たす、あかねと慎之介。せつなくてふしぎな四角関係…過去と現在をつなぐ、「二度目の初恋」が始まる。(映画『空の青さを知る人よ』公式サイトより)


映画『空の青さを知る人よ』予告【10月11日(金)公開】

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』の長井龍雪監督最新作。前二作同様、脚本を岡田麿里、キャラデザと総作画監督を田中将賀が務めます。

さらに主題歌にあいみょん、声優陣に吉沢亮、吉岡里帆、松平健などをむかえ、ヒロインのあおい役には長編アニメ映画初挑戦となる若山詩音が抜擢されています。


『あの花』は高校生のときにドハマりして擦るくらい何度も観たし、『ここさけ』も"言葉"を中心に親の身勝手さや若者の成長を描いた良い作品でした。

『あの花』『ここさけ』共に大好きなので超楽しみでした。


さて『空の青さを知る人よ』略して『空青』。 予告やあらすじをさらっと見た限り、高校生のための青春映画だと思う人も多いでしょう。

まあ間違ってはいないのですが、この映画は高校生などの若者よりも、25歳〜30代の人たちのための映画でした。


中学生、高校生の頃に夢を抱いていた人は多いと思います。プロスポーツ選手になりたい、大スターになりたい。そんなレベルでなくともやりたいことをやって幸せに暮らす未来を想像していたはずです。


みなさん、期待通りの自分になれていますか?


若いときに描いていた理想の自分になれているという人はそう多くないはずです。 どこかで挫折を味わったりブレたりしながら、諦めを知って大人になっていくのが人間です。 心の奥底にまだ諦めきれない気持ちを抱えながらも現実に逃避して生きている人をたくさん知っています。


ぼくは23歳ですがぼくだってそうです。 10代の頃に想像していた自分には何ひとつなれていないです。未だに井の中にいます。


この映画で度々登場するゴダイゴの「ガンダーラ」という曲。 この曲で"ガンダーラ"とは、行けばどんな夢も叶う理想郷として描かれています。


スターになるために東京に向かったしんの。両親の死により行くことを諦めたあかね。高校を卒業したら東京に行ってバンドを組むと漠然と考えているあおい。

つまり、彼らのガンダーラとは"東京"です。 東京に行けば何かが変わるはず...


今作のヒロインであるあおいとその姉あかねは、あおいが幼い頃に両親を失くしています。 それからあおいの親代わりとして地元で暮らしてきた姉に対してあおいは負い目を感じています。


そしてお姉ちゃんを縛りつける地元を“牢獄である”と言い高校卒業後はとりあえず東京へ行こうと考えています。


ですがそれはあかねにとって嫌な未来だったのでしょうか。夢を諦めて地元に留まったように見えていたあかねの選択は間違ったものだったのでしょうか。


「井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る」


中国の『荘子』に由来する故事成語で後半部分は日本に伝わった後に付け加えられたものとされています。


日本人が好きな故事成語No.1です。知らんけど。


大海を知っている井の外の蛙か、空の青さを知っている井の中の蛙かという二極化された思考で語られることがほとんどであるこの言葉ですが、果たしてそうなのでしょうか。


空の青さに気づいていない人が井戸の外を目指そうと思いますか?


東京に行くことがすごいのではない。空の青さに手を伸ばして一歩踏み出したことがすごいのです。


それなのに大海を知っていつの間にか空の青さを忘れている。

大海を知っている人は空の青さを知らないわけではありません。忘れているだけです。


30歳前後は大人と若者の狭間で足が動かなくなる年齢です。 諦めきれない思いを抱えながらも結婚や仕事のことなど具体的な将来を考え始め、色々なものを選択して決別していく歳なのだと思います。


また他人からの目がより厳しく襲いかかってきます。夢を追えばそんな歳なのにと言われ、安定を選べば変わったね、落ち着いたねと言われる。


自分は何者なのかを決める選択が目の前に否応なく現れるという、10代の頃にはなかった葛藤があります。


大きな世界を取るのか、小さな世界をとるのか、どちらかひとつが正解なのではありません。


夢を追うことにリスクはつきものでしょう。しかし安定を望もうともそれは“安全牌”ではありません。どちらを選択するにも大きな勇気がいります。


その選択に空の青さを見つけたのならそれは立派なあなたの世界です。


ガンダーラは東京にあるのではありません。海外にあるのでもありません。いつだって自分のなかにあるのです。


挫折をしても、夢を諦めてもいいんです。 “空の青さを知っていれば”あなたの選択のその先にガンダーラはあるはずですから。


“それ"に気づいたとき僕たちを縛りつける弦は切れて外に飛び出せるのです。