こんにちは。勇者ヨシヒコシリーズ大好きです。
今回は『新解釈・三國志』の感想です。
一抹の希望を信じて福田雄一作品を見続けてきたけどもう駄目だなと思ったという話なので、はい、酷評です。
なので自分と違う意見は許せない!っていう人はブラウザバックしていただければと思います。
なお、今作が好きだという人を否定する気は毛頭ありませんのでそこだけはよろしくお願いします。
途中からネタバレありです。【地獄】というところからネタバレしています。
ネタバレに行く前にもう一度忠告しますので見逃さないでね。
『新解釈・三國志』
監督:福田雄一
脚本:福田雄一
音楽:瀬川英史
主題歌:福山雅治「革命」(AMUSE / UNIVERSAL J )
出演:大泉洋、ムロツヨシ、賀来賢人、橋本環奈、山本美月、岡田健氏、橋本さとし、高橋努、岩田剛典、渡辺直美、磯村勇斗、矢本悠馬、阿部慎之助、山田孝之、城田優、佐藤二郎、西田敏行、小栗旬
配給:東宝
上映時間:113分
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もう限界じゃないですか?
まず、今年公開された福田雄一監督映画の感想は以下のような感じです。
『ヲタクに恋は難しい』→原作へのリスペクト皆無。冗長で退屈で終始どスベリ。
『今日から俺は!! 劇場版』→つまらなくも面白くもない。3日後には記憶から消えているなにも残らない映画。
といっても別に福田雄一監督が嫌いなわけではなかったんですよね。『勇者ヨシヒコ』とか『スーパーサラリーマン左江内氏』とかは好きですし。
ようするにテレビならいいんでしょうね。コント番組だと思って見ることができるから。
でも映画となるとそうはいかないじゃないですか。映画は映画として見ちゃうんで。それでコント番組そのままやられるのはしんどいです。
加えてアクションとかのやる気が皆無だからシリアスシーンが異常につまらない。
『銀魂』シリーズ2作なんかまさにで、アクションパート始まった途端に死ぬほどつまらなくなるんですよ。
だからそもそも福田雄一監督がやりたいことって映画というフォーマットと絶望的に相性が悪いと思うんですよね。
ダラダラダラダラと飲み会ノリを見せられる。そのくせ映画であることはちょっと意識していて日本の代表作感を出してくる。
ただ、今まではまだ良かったんですよ。役者の新たな一面を見せるという役割はたしかに存在していたわけだし、役者同士がわちゃわちゃ楽しそうにふざけあっている姿っていうのはあまり見ることのできない光景だしファンにとっては嬉しいでしょう。
でもそれも限界がきてるんじゃないかなーって『新解釈・三國志』をみていて思いましたね。
ということでここからは作品について詳しく語っていきたいと思います。
ネタバレもくそもない気がしますけど、一応ここからネタバレありで。
ネタバレ嫌だよーって方はここでブラウザバックしてください。鑑賞後にもう一度読みに来てくれると嬉しいです。
この先も読んでいただける方、よろしくお願いいたします。あなたの感想も是非聞かせてください。
地獄
今作、シンプルにつまらんです。
まずストーリーがない。
新解釈といってもネットに転がっているような「実は〇〇は〇〇だった!?」みたいなやつを集めて、おふざけに使えそうだったらとにかくぶちこんでいるだけ。
三國志の有名なエピソードを7つほど使っているのにも関わらずそのどれもが上辺だけをすくったような作りで印象に残ることがない。
そもそも「新解釈」っていうものを楽しむためには旧解釈についての知識が必要になります。
ですが旧解釈を知っている人からすれば、逆張りでオリジナルを茶化すようなやり方なのでイキった中学生を見ているときのような恥ずかしい気持ちになります。
三國志由来の笑いはなく、ただ豪華俳優たちが変なことをしているから面白いという認識にしかならないでしょう。
逆に三國志のオリジナルを知らない人たちからすると、先述した通りストーリーがないためなぜここが笑いになるのかなどが全く理解できません。
ただ豪華俳優たちが変なことをしているから面白いという認識にしかならないでしょう。
はい、そうです。三國志である必要は全くありません。
まあでも笑えるならそれでもいいと思います。笑えるなら。
次になにがつまらんって、福田雄一監督の笑いってワンパターンなんですよ。
全部一緒。2時間の中で変化もない。
地獄ですよ。ただただつまらなくて早く映画館から出たいって思ったの始めてですもん。
しかも役者の新しい一面といったって、もれなく全員、男は佐藤二朗、女は顔芸とキレ芸じゃないですか。
予想できちゃうんですよね。こんな感じでふざけるんだろうなっていうのが。
大学生の飲み会くらい予想できるおふざけしかなくてまじでつまらない......
唯一笑えた箇所が渡辺直美さんのダンスシーンです。
でもあそこだって渡辺直美さんの“芸”が面白いだけで福田雄一監督が仕掛けた笑いじゃないでししょ。
それを考えると、面白い友人と一緒にいたら自分も面白いと勘違いしちゃうやつを見ているときのような悲しい気持ちになってしまいます。
賞味期限切れのギャグセンス
とはいえ、別に面白くないだけならどうぞご勝手に心ゆくまでってなりますけど、それはさすがにギャグにしちゃ駄目だろってこともやってしまっているんですね。
一つは趙雲の阿斗救出劇のところですよね。
糜夫人は自分が足手まといになると思って、阿斗の命を守るためには自ら井戸に飛び込み趙雲の負担を軽くするしかないというの判断をしたのがあそこで描かれた場面なわけです。
でも今作は頭のイカれた趙雲が大声を出して敵兵士を集めて、それに呆れた頭のイカれた糜夫人が謎に井戸に飛び込んで死ぬというなにがおもしろいのか全くわからないギャグになっています。
新解釈だとしても、そんなわけないじゃないですか。
これは完全にやっちゃいけないギャグの仕方です。
不謹慎なこと言えばおもしろいと思ってる高校生を見ているような気持ち悪さを感じました。
極めつけは城田優さんに向かって「中途半端な外人顔」って言うシーンですよ。
あんなの差別以外のなにものでもないですからね。
あそこは貂蝉が呂布と董卓を仲違いさせるために言ったという文脈はありますが、そもそもギャグとして言っていますし、メタ的に城田優さんをイジっているという構図なので擁護はできません。
しかも、あのあと貂蝉が差別的なことを言ったせいで呂布に殺されるとかなら問題はありませんけど、あろうことかブスいじりまで始めますからね。
レイシストだからじゃなくてブスだから殺されるっていう。
いい歳してやってることが、女子にブスって言ったらかっこいいと思っている小学生と同レベル。
差別的で露悪的な最低最悪のギャグです。
終わりの始まり
ただ、僕が“福田雄一”というコンテンツの終わりを感じた最大の要因は別にあります。
それはね、役者陣が全然楽しそうじゃないんですよ。
俳優同士の関係性は良さそうなんですけど、作品そのものに対するスタンスが全然楽しそうじゃない。
福田組とか呼ばれる俳優さんたちも飽きてきてるんじゃないですか......
そりゃあ毎回毎回同じことやってても新鮮味はなくなりますし、いよいよやばいんじゃないですかねー。
ああー福田監督に気使ってんだろうなーっていうのが目に見てわかるほど表に出ている。
なんかこの感じ見覚えがあるなあ。よく知っている気がするなあ。
あっ、どうみても気を使われているだけなのに若者から慕われてると勘違いして暴走しちゃう系おじさんだ。
調子にのった末に下ネタにノレる女がいい女だとか言っちゃうタイプのあれね。
まあそこまで堕ちてはいないと思うけど、一歩手前感はめちゃくちゃでてますよ。
そういうのを画面越しでも伝わるようになってきたらもう終わりだと思いますけどね。
それでも今作はそこそこの興行収入をあげるだろうし、ジャニーズとかにガッツリ手を出してもう少し生き延びると思いますけど、『新解釈・三國志』をピークに“福田雄一”というコンテンツ徐々に衰退していくのではないでしょうか。
終わりに
以上、『新解釈・三國志』の感想でした。
今までは福田雄一監督に思うところあっても嫌いではなかったんですけど、今作で決定的に嫌いになりました。
作品を観に行くこと自体が映画産業への冒涜になってしまうのではないかと考えた程です。
書き忘れてたんですけど、めちゃめちゃ嫌いなのがラストです。
西田敏行さん演じる学者の人が「これは新解釈で多様な解釈の内の1つだから云々」ってゴチャゴチャ言うじゃないですか。
言い訳すんなや!!って思いましたね。
ゴチャゴチャ言い訳して批判すること自体が的外れみたいな空気作るんなら最初からやるなよって話ですよ。
矜持とかないんですかね。
すみません、ただのお気持ち感想文になってしまいました。
最初にも言ったとおり今作がおもしろかったという人を否定するつもりはありません。
あくまでも僕のお気持ちなので。
アマプラで『三国志 Three Kingdoms』みよーっと。
Amazon.co.jp: 三国志 Three Kingdoms(吹替版)を観る | Prime Video
けっこう話数あるけど三国志の魅力が全部詰まっているの上に各キャラを固定観念に囚われない描き方をしていて、めちゃめちゃおもしろいのでおすすめです。
年末にイッキ見とかどうですか?